《閲覧注意》沖縄の「旧海軍司令部壕」行ってきたけど怖いな。感想書いておく。

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少し怖かったけど歴史的なものが学べたのがとてもよかった

こんにちは!サブです!沖縄の続きです!
沖縄に行ったら旧海軍司令部壕に行ってみるといいよ!すごいから」と昔言われ、その言葉がずっと頭に残っていたので今回の沖縄出張では行っておこうと思ってたところです。

戦争がどれだけ悲惨なもので今の平和がどれだけ幸せなものか教えてくれる場所です。

旧海軍司令部壕の感想とか

そもそも旧海軍司令部壕って?

昭和19年(1944年)日本海軍設営隊によって掘られた司令部壕で、かまぼこ型に掘り抜いた横穴をコンクリートと杭木で固め、米軍の艦砲射撃に耐え、持久戦を続けるための地下陣地。4000人余りの兵士が収容されていたところです。ちなみに当時は450mあったと言われています。

今は一般解放されていますが、ほとんど当時のまま残されているので当時の面影がところどころ残っていて、今の僕らの常識からは考えられない世界が広がっています。

ってか昭和19年(1944年)ってなんか最近な感じするよね。まだ100年も経ってない…。早速写真付きで紹介していきますが中には直接的な表現もあるので苦手な人は気をつけてください。

壕入口に到着!無料駐車場があります

壕の入口に到着です。すぐ近くには無料駐車場が解放されているので車で行くことができます。

祝日でしたが、到着した時間が遅かったため人はまばらな感じです。

こちらからどんどん入っていきます。

受付のすぐ隣には資料館がある

まずは受付にて参観券(440円)を購入します。

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写真撮影はOKとのことでしたので中の様子も撮影しています。

受付のすぐ横には資料館があり、発掘された貴重な物が多数保管されています。

司令部壕がメインなので資料館はおまけ程度とか思っていましたが、一つ一つ丁寧な説明書きもあってとても興味ふかいものばかりでした。僕はちょっと歴史ヲタクっぽいところがあるので、文献を全部読みたかったんですが、さすがに全部見切れないので流し読み程度で観覧していきます。

ちなみに資料館も撮影OKとのこと。(※記事にする時はちゃんと確認しましょう!)

これは当時の電報だったと思います。そのままの状態で残ってるのがすごいですね。

こちらも本物。

喧嘩もまともにしたことがないチキンな僕からしたら道具を持って戦うというのはまったく想像できない。

レプリカじゃないのがすごい。

意外と外国人の方が多くて、当時の日本人が戦っていた国の人たちがこの場所にいるのはなんか不思議な感覚。

こちらも本物。ガスマスクや水筒のようです。当時の人たちはこういうものを持って戦っていたんだな。

当時撮影された写真も飾られている

さすがに表現が直接的すぎるので画像は加工してあります!

見たいかたは直接見に行ってください。

一つ一つ貴重なものばかり

どれも貴重なものばかり。一つ5分ずつ時間を使って見ていきたいけど時間がないから残念。

当時の手紙もそのままで

おそらくそのままの状態で保管されている手紙だと思います。

当たり前のようにブログが書ける今の時代を生きる僕たちは幸せ者ですね。

資料館を見終え壕に入っていきます

資料館を見学したのち壕に入るのが順路です。出口に出ちゃうと資料館に戻れなくなってしまいますので。

ドキドキしながらですが行きましょう。

ここは最近のものかな?このエントランスはまだ受付すぐ横です。

このエントランスのようなところから壕の入り口に直結しています。ここにも献花などが置かれていてここら辺から一気に気配が変わります。

ここから入っていきます。壕の中は迷路のようになっているので簡単に地図をチェックしておくといいでしょう。

こんな感じの階段を降りていきます

防空壕のようなものをイメージしてたので正直こんなすごいところだなんてびっくりしてます。

階段でかなり深いところまで降りていきます。

信号室

信号室がありました。身をかがめて入っていくことができます。

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ここら辺から撮影した画像がなぜかブレたりすることが多くなるんですよね。(怖)

さすがに部屋には入れませんが部屋を見ることができます。背中が怖い。

こちらが信号室。

信号室を見終えると最下層まで到着

どうやら一番下のところまで来れました。

今一度地図を確認しておきます。公開されてない部分もいつかは公開されるのかな?

もっと人が大勢いるのかと思ってたらほとんど人がいません。僕の組みともう1組ぐらい。

作戦室

順路を辿っていくと作戦室に到着。

中には何もありませんが、細かなところに目をやると人工物のあとがあって妙にリアルです。

さらに順路が続きます。

今は舗装されているので歩きやすいですが、当時はこんなにも歩きやすくはなかったでしょうね。

幕僚室(手榴弾の後が残ってる部屋)

ここの部屋だけは入った瞬間雰囲気が違うことが素人の僕でもわかりました。

壁も当時のまま。ここの部屋で自決をおこなったと言われています。

これが自決した時の手榴弾の破片だそうです。そのまま残されています。

司令官室

先ほどの部屋を抜けるとまた順路が続き

司令官室に到着です。

部屋に入ることはできませんが見ることができます。

これはなんだろう?ちょっと気になったので。

こちらが司令官室。テーブルはたぶん当時のものではないでしょう。

暗号室

さらに順路を続き暗号室へと続きます。

当時のエンジニアたちが頑張っていたんだろうな。

こんな感じのところを降りていきます。

ここが暗号室。結構広いです。

当時もきっと通信手段というのはとても貴重なライフラインだったんでしょう。だからここまで広くスペースを与えられていたんじゃないかな。

医療室

さらに続きます。

次は医療室です。

生存者の話からここを医療室と推定しているそうです。

僕も少額ですが小銭を置いて手を合わせます。

発電室

次は発電室。

発電機があったのは知らなかったけど、現代みたいに性能が良いものではないからきっと電気は貴重なものだったに違いない。

燃料は何で動かしてたんだろう?

壕はなんと手掘り

このつるはしを使って手掘りされていたそう。まじか。

さらに順路が続きます。

下士官室

ここもちょっと雰囲気が変わりますね。

ここで兵士たちは立ちながら寝てたりしたらしいです。

やっぱ写真がブレることが多いんですよね。普段撮り慣れているのでこれは不思議です。

こちらも下士官室だそうです。

こんな感じになってて兵士たちが休んだり待機してたらしいです。

そしてすぐ横のここから出撃。

あとは出口へ

一通り見終わったので出口へと向かいますが、この時はもう僕らだけ。

さあ、あとちょっと。

出口に到着!

旧海軍司令部壕は沖縄に行ったらぜひ!

今回はかなり端折って記事にしていますが、現場は肌でひしひしと戦争のリアルさを感じることができて歴史も学ぶことができるので、一度は行くのがおすすめです。いかに今の僕らが恵まれているかとてもよくわかりました。

壕にはまだ公開されていない箇所があるのでそこが公開されたらもう一度訪問してみたいです。
長文、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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